オンラインで主宰している「ソナチネ分析表現講座」の受講生の方から、こんなご質問をいただきました。

「ソナタ形式で書かれている楽章には、なぜリピート記号があるのでしょうか?
音楽学校の試験やコンクールでは、リピートを省略して演奏するよう指定されることがあるので、発表会でもリピートを省略して弾かせています。
でも、作曲家が書いた記号を無視してしまってよいのだろうか、と気になっています。
クレメンティの時代には、繰り返して弾くのが普通だったのでしょうか?
また、ドイツやフランスの音楽学校ではどうなのでしょうか?」


この質問に対する私なりの答えとしては、以下のとおりです。

「楽譜に書かれたリピート記号は、作曲家の意図を考えるうえで大切なものですが、必ずしもどんな演奏の場でも機械的に守らなければならないものではありません。
クレメンティ自身も、曲が長い場合には繰り返しが省略されることを記しています。
試験では時間的な制約によって省略することが一般的ですが、発表会では、音楽の構造や作品の魅力を伝えるために繰り返すという選択にも価値があります。
大切なのは、何も考えずに省略するのではなく、なぜ作曲家が繰り返しを書いたのかを理解したうえで演奏を選択することです。」

先に結論をお伝えしましたが、これは、ソナチネを教えるうえで、とても大切な問題を含んだ質問だと思います。
私たちは普段、試験やコンクールの規定に従ってリピートを省略することがありますが、そもそも作曲家はなぜ繰り返し記号を書いたのでしょうか。

その理由を知るためには、まずソナタ形式がどのように成立したのかを振り返る必要があります。

1.ソナタ形式は、もともと二部形式から発展した

まず、ソナタ形式で書かれた楽章に、必ずリピート記号があるわけではありません。
ただし、ハイドン、モーツァルト、クレメンティ、初期ベートーヴェンなどの古典派の作品には、提示部を繰り返す楽章が数多くあります。
その背景には、ソナタ形式の成立の歴史があります。
バロック時代の舞曲などで広く使われていた二部形式は、基本的に前半と後半をそれぞれ繰り返す構造を持っていました。

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前半では主調から属調などへ進み、後半では転調を経て主調へ戻る、という調性的な構成が多く見られます。
そして18世紀になると、この二部形式から、次第に古典派のソナタ形式へとつながるさまざまな構造が発展していきました。

ここで興味深いのは、私たちが現在「提示部・展開部・再現部」という三つの部分で理解しているソナタ形式が、歴史的には二つの大きな部分から成り立っていたということです。

初期のソナタ形式では、

  • 前半=提示部
  • 後半=展開部+再現部

というまとまりで、それぞれを繰り返す作品も多く見られました。
二部形式の後半に存在していた転調や推移の働きが発達し、後の展開部へとつながっていきます。
同時に、冒頭の主題が戻ってくる部分も拡大し、提示部の音楽を主調で再現する機能が明確になっていきました。

もちろん、この変化がすべての作品で一直線に進んだわけではありません。
しかし、こうした歴史を知ると、ソナタ形式にリピート記号が残っている理由が見えてきます。

ソナタ形式の繰り返し記号は、もともと二部形式の構造を受け継いだものなのです。

2.提示部を繰り返すことには、どんな意味があるのか?

では、提示部を繰り返すことには、どんな音楽的な意味があるのでしょうか。
古典派のソナタ形式では、提示部において主調から属調、あるいは短調の作品では平行長調などへと転調することが一般的です。
そして再現部では、提示部で異なる調に現れた音楽が、基本的に主調へと戻されます。
この調性の変化こそが、ソナタ形式の重要な特徴の一つです。

提示部を繰り返すと、聴き手は最初に提示された主題や転調の流れを、もう一度経験することになります。
その結果、展開部で主題が変化したり、再現部で異なる調性の音楽が主調へ戻ったりすることを、より明確に感じ取れる可能性があります。
つまり、繰り返しには、作品の構造を聴き手に印象づけるという音楽的な意味があるのです。

ただし、これは繰り返しが持つ音楽的な効果についての説明であり、すべての作曲家が同じ理由でリピート記号を書いたと断定できるわけではありません。
繰り返しは、当時の形式上の習慣であると同時に、音楽の均衡や構成にも関わっていたと考えるのがよいでしょう。

3.クレメンティの時代には、繰り返して弾くのが普通だった?

では、実際にクレメンティの時代には、楽譜に書かれた繰り返しを演奏していたのでしょうか。

18世紀の演奏習慣について調べると、基本的には繰り返し記号に従うことが重視されていたことがわかります。
例えば、クヴァンツやテュルク、コッホなど、18世紀の音楽理論家たちは、繰り返し記号を演奏上の重要な指示として扱っています。

ところが、18世紀末になると、繰り返しの扱いについて少しずつ異なる考え方も現れてきます。
ここで大変興味深いのが、ムツィオ・クレメンティ(1752〜1832)の記述です。

クレメンティは1801年に出版した教則本『Introduction to the Art of Playing on the Pianoforte』Op.42で、繰り返し記号について説明しています。
その中に、次のような一節があります。

「曲の後半部分が非常に長い場合には、繰り返し記号が付いていても、実際には繰り返されることはまれである」

これは、当時の演奏習慣を知るうえで、注目すべき証言です。
つまり、クレメンティの時代には、繰り返し記号を尊重することが基本でありながら、曲の長さによっては省略される場合もあったことがわかります。

ただし、一つ注意が必要です。
クレメンティがここで述べているのは、「非常に長い後半部分」の繰り返しについてであって、提示部の繰り返しを自由に省略してよいという意味ではありません。
この二つは区別して考える必要があります。
また、1797年にはフランスの作曲家グレトリーが、器楽作品における繰り返しの習慣に批判的な意見を述べています。

こうした資料から考えると、18世紀末から19世紀初めは、従来の繰り返しの習慣が維持される一方で、その必要性が問い直され始めた時代でもあったといえるでしょう。
クレメンティのソナチネを演奏するときにも、こうした時代背景を知っておくと、楽譜に書かれた記号の意味を、より深く考えられるのではないでしょうか。

4.現代のドイツやフランスでは、どう扱われているのか?

それでは、現在のヨーロッパの音楽教育では、リピート記号をどのように扱っているのでしょうか。

まず、注意したいのは、ヨーロッパ全体に共通する規則があるわけではないということです。
国によって教育制度が異なり、さらに音楽学校、音楽大学、試験、コンクールによっても扱いが変わります。

ドイツの場合

ドイツの青少年音楽コンクールでは、演奏時間に関する細かな規定が設けられています。

例えば、2026年のバーデン=ヴュルテンベルク州で開催される青少年音楽コンクールの規定には、演奏時間について「ohne Wiederholungen(繰り返しを含まず)」という記載があります。
ただし、これは演奏時間の計算方法を示したものであり、必ず繰り返しを省略して演奏しなければならない、という意味とは限りません。
したがって、この規定だけを根拠に、ドイツではリピートを省略するのが一般的だと判断することはできません。

音楽学校の試験についても、それぞれの学校や課題によって確認する必要があります。

フランスの場合

フランスのコンセルヴァトワールについても、今回確認した資料からは、繰り返しの省略に関する全国共通の規則を確認することはできませんでした。
そのため、フランスではリピートを必ず演奏する、あるいは一般的に省略する、と一概に述べることはできません。
実際には、各学校の試験規定や演奏時間、担当教師の指導方針などによって判断されると考えるのが適切です。

イギリスの場合

一方、イギリスには、繰り返しについて明確に規定している音楽検定があります。
英国王立音楽検定協会(ABRSM)の2025〜2026年ピアノ実技試験要項では、原則として通常の繰り返しを演奏しないことになっています。
ただし、ごく短い繰り返しや、要項で特別に指定された場合には例外があります。また、Da CapoやDal Segnoの指示には従う必要があります。

これは、現代の音楽教育において、楽譜に書かれた繰り返し記号が、試験の目的に応じて省略されることを示す明確な例です。
ただし、検定試験における規則と、一般の演奏会における演奏習慣は、区別して考える必要があります。

5.では、発表会でリピートを省略してもよいのでしょうか?

ここが、ピアノを指導する私たちにとって、最も考えたいところです。

試験やコンクールでは、演奏時間の制約や審査の公平性を考慮して、リピートを省略することがあります。
しかし、発表会は必ずしも試験と同じ目的で行われるものではありません。

発表会では、一つの作品を音楽としてどのように完成させ、聴き手に届けるかということも重要です。
そこで、リピートについても、一度考えてみる価値があるのではないでしょうか。

例えば、クレメンティのソナチネで提示部を繰り返す場合、最初と二度目で、聴き手の音楽の受け取り方は変わるかもしれません。

一度目は、主題や転調の流れを初めて経験します。
二度目は、これから何が起こるのかを知ったうえで、その音楽を聴くことになります。
演奏する生徒にとっても、同じ音楽をもう一度弾くからこそ考えられることがあります。

フレーズの方向性、音色、強弱、呼吸。
ただ音符を繰り返すのではなく、音楽の流れを理解して演奏することにもつながります。

もちろん、発表会全体の時間や、生徒の年齢、集中力、演奏経験などを考慮して、繰り返しを省略する判断もあるでしょう。
しかし、それは楽譜に書かれたリピート記号に意味がないということではありません。

作曲家が書いた繰り返しを理解したうえで、今回は省略するという判断と、最初から意味を考えずに省略するという判断は、同じではないと思います。

6.リピート記号から、ソナタ形式の理解を深める

ソナチネを学ぶことの面白さは、音符を正しく弾けるようになることだけではありません。
小さな作品の中にも、音楽の形式や調性、そして作曲された時代の演奏習慣が反映されています。
リピート記号もその一つです。

なぜ提示部が繰り返されるのか。
なぜ作品によっては展開部と再現部も繰り返されるのか。
そして、なぜ時代が進むと繰り返しのないソナタ形式の作品も増えていくのか。
こうした疑問から、ソナタ形式の歴史を考えることができます。
また、当時の演奏習慣を知ることで、現在私たちが当然と思っている演奏方法も、決して唯一の方法ではないことに気づかされます。

私は、ソナチネを指導するとき、リピートを演奏するか省略するかという結果だけでなく、なぜそこに繰り返し記号が書かれているのかを、生徒と一緒に考えることが大切なのではないかと思います。
そして、もし発表会でリピートを省略する場合にも、「本来はここでもう一度提示部を演奏することで、音楽全体がどのように構成されるのか」を理解させておきたいものです。

楽譜の中の小さな記号から、作品の成り立ちや作曲家の時代まで目を向けることができる。
それもまた、ソナチネを学ぶ大きな魅力の一つだと思います。


参考文献・資料

  • Muzio Clementi, Introduction to the Art of Playing on the Pianoforte, Op.42(1801)
  • Sandra P. Rosenblum, Performance Practices in Classic Piano Music: Their Principles and Applications, Indiana University Press(1988)
  • Bernard Harrison, Haydn’s Keyboard Music: Studies in Performance Practice, Oxford University Press(1997)
  • ABRSM, Piano Practical Grades Syllabus 2025 & 2026
  • Deutscher Tonkünstlerverband Baden-Württemberg, 71. Jugendwettbewerb 2026 募集要項

※本記事は、歴史的な演奏習慣に関する研究文献および公開されている試験規定を参考にまとめています。
クレメンティの発言は研究文献に掲載された引用に基づいており、原典の該当箇所との直接照合は未完了です。
また、ドイツ・フランスの教育機関については、すべての学校に共通する演奏規定を示すものではありません。

出典の確認用リンク

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